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桜子の生きた激動の昭和をもう一度振り返ってみる特別企画「桜子とその時代」展。1921年の岡崎は?

1921年(大正十年)は岡崎市が市制移行して五年目。市も順調に発展していたことが、当時の市長式辞においてもその人口・戸数の伸びを冒頭に強調していことからも伺えます。

市制記念日 市長式辞(岡崎市公報 大正十年七月十日:岡崎郷土史より引用)

(前略)本市で始めて市制を実施したるは大正五年七月一日にして、当時戸数七千六百八十七戸、人口三万四千八百九十五人となりしも現今の戸数九千百八十六戸人口四万九百五十二となり(後略)


ただ、あまり実感がつかめないので、現在の岡崎市の人口とも比較してみました。
岡崎市の人口と戸数の推移
(現在の値は岡崎市HPの"平成17年"統計データを使用)

現在の人口と比べると、大正五年から十年までの伸びも"ちっぽけ"に見えますが、良く考えてみると、今から8,90年前の話。都市の発展はこのように何十年何百年とかけてしていくんだなと妙に納得。ついでに、現在の伸び率を計算すると、戸数約17倍、人口約10倍と人口の伸びより戸数の伸びがかなり高いことから、少子化・核家族化が統計上も表れているといえるのかも知れません。(ココきらり旅でこんなことを説明していていいのだろうか?・・・これ以上は地元小学生の自由研究に委ねるとして本題に戻りましょう)

岡崎郷土史には当時の世相を垣間見られる資料として当時の「岡崎市公報」の記事が多く収められており、参考にタイトルを抜粋してみました。

当時の岡崎市公報のタイトル抜粋(岡崎郷土史より引用)
・秋季演習に関する注意(十月二十五日)
・慰問袋贈呈(十一月十日)
・在郷軍人会分会基金基準(十一月十日)
・帰還兵送迎(十一月二十五日)


第1次世界大戦終結から3年、各地域からの撤兵がまだ続いているようで、その関連内容が多数見受けられました。

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